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春暁

春が嫌いである。
春の香りが嫌いである。
寒暖差の激しいところも嫌いだし、四六時中風が強いのも気に食わない。
だいたい、春に良い記憶が無い。たいがいクソみたいなことが起きるときは春で、しかもそのクソみたいなことというのが、他ならぬ自分自身のせいであったのだから、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』の要領で、徐々に春を嫌いになった。暖かくて過ごしやすいとか、そんなことはどうでもよいのです。おれは春が嫌い、春というやつが憎いのです。
だいたい、春は不純である。香りも温度もすべてが不純極まりない。疑う人は、平日の午後2時くらいを目掛けて、人気のない路地とかを覗いてみると良い。そこには陽の光の下では生きられない愛憎が、少なくとも愛憎の欠片、せめて冷えた残滓が残っているはずである。おれはそれが恐ろしい。人間が一番人間らしくなる春が恐ろしい。春は夢遊病の季節であり、そして夢遊病の状態こそが、人間の本質をしつこいぐらい表している。夏に産まれ、冬に殺されたすべてのものが復活し、土の下から這い出して、人の心に寄生し、人間性をより濃くしていく。春に思い出すすべてのもの、湿気った車内、埃っぽい自室、3年3組に差し込んだ奇跡の顕現たる陽光。すべて恐ろしい記憶、忌まわしい過去である。春眠をむさぼるすべての男女のうなじに宿る不純さに、おれは心の底から恐怖している。

テオ・金丸です。コーポ湊鼠管理人。

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