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ぴい、ひょろ、ろ

鷹だか鳶だか知らんが、松の木のてっぺんに陣取ってずっとこっちを見ていやがる。はん、奴、菓子が欲しいらしい。鳥が茶菓子を狙う水曜、控えめに言っても平和極まりない。ところでこんな話を思い出した。

妻と東尋坊に行った時のこと。日本海が運んでくる潮っ辛い寒風にほとほと嫌気が差して、串焼きの蛸を買った。ああいうところにある売店は食欲のそそり方を実によく心得ているから恐ろしい。醤油かけまくりやがってな。おれはいらないと言って欲しがらなかったが、妻は旺盛な食欲を遺憾なく発揮して暖簾をくぐり、ニコニコ嬉しそうにして焼き蛸の串を握りしめ、スマホで写真を撮っていた。おれは妻の横顔越しに「トンビに注意!」の貼り紙を発見し、はっとして、「おい、トンビが、」と言いかけたところで、鋭角をみごとな速度で滑空してきたトンビが、四つある焼き蛸のうち四分の三を鋭い爪でもぎ取って彼方へ去っていった。妻は甲高い悲鳴を上げて、ほとんど無くなった焼き蛸を恨めしそうに眺めてから食った。「鳥って菌がすごいんやぞ」とおれは言ったけど、彼女はぜんぜん聞いていなかった。切り立った岩場を頭垂れて、ためつすがめつ渡っていたら、そこいらじゅう鳥の糞で真っ白になっているのに気付いた。そのあとは平らな岩の上で座禅を組んだりして帰った。
あの時、妻の後頭部をほとんど掠めるようにして焼き蛸を奪っていったトンビが、実は今この松の木のてっぺんに陣取ってる奴と同じ個体だとしたら。こう言おう。「なあ、おまえ、焼き蛸のことはもういいんだけど、東尋坊はどうしたんだよ。そんなところで主の気分か。こんなちいせえ漁師町の。でも落ちぶれたとは思ってないんだろ?生きるっていうことがどれだけ泥臭いかっていうのは、おれたち人間よりお前の方がよく知ってるだろうから。だけど茶菓子は渡さねえよ」「ぴいひょろろ」「なんだおめえ、やっぱりトンビか」。

テオ・金丸です。コーポ湊鼠管理人。

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